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おてらつうしん

カテゴリ:日記( 81 )

千葉組 団体参拝旅行③ 三日目 編集途中

千葉組 団体参拝旅行 三日目

最終目、ホテルにて朝食後、金沢別院を参拝しました。
午後からは金沢教区同朋大会の準備で慌ただしい中ではありましたが、勤行をお勤めし、輪番の方にはお話いただきました。



金沢別院を後にして、近江町市場に行き、それぞれお土産を買いに行きました♪


昼食は兼六園そばにある兼見御亭(けんけんおちん)で、加賀料理をいただきました。
昼食後は小雨の降る中、兼六園をぶらーっと散歩。

帰りの新幹線に間に合うよう、早めに金沢駅へ出発!
またみんなでお土産の買い物です。

私は初めての北陸新幹線でしたが、疲れたため、またグッスリと眠ってしまいました。

東京駅で解散、ご門徒の皆さんと総武線で一緒に帰宅しました。お疲れさまでした‼

by douzyouzi | 2017-06-28 19:46 | 日記 | Comments(0)

千葉組 団体参拝旅行② 二日目

千葉組 団体参拝旅行 二日目
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二日目、ホテルにて朝食後、浄土宗の総本山・知恩院へ!
三門をくぐって、男坂と呼ばれる石段をせっせと登ります。
昨日よりヒンヤリしていたので、汗だくにならず良かったです。






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小方丈という場所で、方丈庭園を観ながら、お抹茶を美味しくいただきました♪
また知恩院のお坊さんが色々と面白おかしく案内くださいました。
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大鐘楼の迫力に圧倒‼

昼食は智積院会館一休庵にて豆腐湯葉御膳でした。
昼食後はバスに乗って北陸方面へ。
ガイドさんの心地いい声を聞きながらウトウトと。私はバスだけじゃなく乗り物ほとんど寝てたかも・・・。

吉崎東別院へ参拝しました。
門前の掲示板には暁烏敏先生のお言葉。
  「念佛してからおたすけを待っているのではない
      念佛しておるその心がおたすけの心です」
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吉崎別院輪番さんから吉崎に伝わる説話「嫁威肉附面(よめおどしにくづきのめん)」のお話をお聞きしました。
吉崎東別院ホームページに簡易にお話が載っていましたので、そのままご紹介!
蓮如上人の説く念仏の教えを信じる嫁の吉崎参詣を、鬼の面をかぶって脅かし妨害しようとする姑が、鬼の面が取れなくなり、蓮如上人の教えを聞いて懺悔し、鬼の面がとれるというお話です。
古面(嫁おどしの面)も拝観しました。
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   「腹立たば鏡を出して見よ
        鬼の姿が徒(ただ)で見られる」


二日目の宿泊先は粟津温泉「辻のや 花乃庄」でした。
宴会ではまたまた当寺門徒のMさんが大盛り上げ♪

三日目最終日に続きます!

by douzyouzi | 2017-06-27 01:50 | 日記 | Comments(0)

千葉組 団体参拝旅行① 一日目

千葉組 団体参拝旅行 一日目
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5月22日(月)~24日(水)の二泊三日で千葉組真宗大谷派門徒総勢120名の京都・北陸への団体参拝旅行でした。
私はいつもお留守番でしたが、前住職と交代して、今回は初めての参加でした♪
道誠寺ではご門徒さん5名、私、坊守、娘で計8名です。

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朝8時30分に東京駅へ集合。朝の通勤ラッシュで東京駅は混雑気味。
みんな揃って一安心、これから新幹線で京都へ出発です。

天気は快晴で、真夏日のようにとても暑かったので、水分補給をまめにしながらの初日でした。
京都からはバスでの移動でした。
到着はお昼でしたので、さっそく渉成園(しょうせいえん)の閬風亭(ろうふうてい)で精進幕の内の昼食をいただきました。
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食後、園内を散策しよう思った矢先、間衣や輪袈裟をお寺に忘れてきたことに気づき、真宗本廟近くの平安法衣店に立ち寄り、夏用の間衣を購入しました。さすが私、用意しておきながら忘れてしまうなんて、どれだけ間抜けなんだろう・・・(笑)

西本願寺さんの書院や飛雲閣をガイドさんの案内を受けながらの拝観でした。
書院の中では写真撮影が禁止されていましたので、写真はありません。
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最後は私たち真宗大谷派のご本山である真宗本廟・東本願寺へ参拝し、宿泊先のおごと温泉「琵琶湖グランドホテル」へ。
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宴会では当寺門徒のMさんが大盛り上げ♪
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二日目に続きます!

by douzyouzi | 2017-06-23 00:46 | 日記 | Comments(0)

真宗入門講座

2月2日(月)~4日(水)までの2泊3日で「真宗入門講座」に参加してきました。
場所は、練馬区にある東本願寺真宗会館です。

あるご門徒さんが参加したいとのことで、私は引率として参加しました。
いやいや、門徒さんに引率されて参加したと言った方が正しいのかもしれません。

私は浄土真宗のお寺に生まれ、育ったため、浄土真宗や念仏の教えを当たり前にしてしまっています。
言葉は悪いですが、まるで生まれ持った付属品であるかのように、選ぶことなくくっついています。
「入門」とありますが、入門することなく、いつの間にやら門の中に入っているのです。(・・・つもりです)

そんなわけで、真宗入門講座に門徒さんと一緒に入門し、仏法の温泉につかってみました!!

講師は顕真寺前住職である近田昭夫先生でした。
一番最初に「お風呂に入る時は裸になってから入るでしょう。この講座に参加するにあたって、今まで聞いてきたことは、全部忘れてください」といきなり無理難題なお達しが・・・。

熱のこもったお話は、講義内でおさまらず、お酒の席でも・・・時間があれば、色々なことを教えていただきました。もちろん坊さんに対するアドバイスもいただきました。

たった2泊3日でしたが、時間や曜日の感覚を忘れてしまって、大切な声明講習会に行きそびれてしまいました。

by douzyouzi | 2015-02-07 00:01 | 日記 | Comments(0)

法話会に参加させていただきました

こんばんは。
夜の10時頃には寝ていたのですが、こんな時間に起きてしまいました。

22日木曜日は、道誠寺では同朋会がありました。

その翌日23日金曜日には、柏市にあります浄真寺さんで定例法話会がありました。
そして、その定例法話会に参加させていただきました。

実は、法話会の法話をお話させていただく「説教師」としての参加でした。

私にとっては、他のお寺さんで法話をさせていただくということは、滅多にないことですから、そういった場というのは、またとない機会であり、お育てをいただける、有り難い場であります。

しかし、本心は、有り難いと素直に喜ぶ気持ちだけではありません。
むしろ大変なことを引き受けてしまったなぁと、後悔するような、何ともいえない気持ちが正直強くありました。

12月29日に「法話会の先生をお願いします」とご依頼されてから、正月のおめでたいような時間にも、ずっと何をお話しようか、さんざん悩みました。
私は、教区で開催されている「法話を練習する会、伝道講習会」に参加して、勉強している身ではありますものの、やっぱり人前で話すのは苦手でして、1ヵ月の間本当に悩みました。

普段から、常に意識して、練習しておかない私が悪いのですが、こうやって機会をいただいて、お尻をひっぱたたいてもらわないと、重い腰が上がりません。

本当は、格好よくお話したいのですが、現実は、自分が思い描いていた理想とはかけ離れていました・・・。
最後の方なんかは、時間が足りないと思って、省略しすぎてしまいました。
ですから、一番お話したかったところが、時間をかけて話すことができなかったのが悔やまれるところです。
そのほか、たくさん課題が見えました、ありすぎるくらい膨大な課題。やはり、実践を通して、初めて知らされてくるんだなと改めて感じました。

またそういった私自身における課題だけに限らず、お寺ごとの場の雰囲気、持ち味があるということも知らされました。
浄真寺さんに集うご門徒さん方がつくる場の雰囲気(法話会や法話会の後の座談会)は、道誠寺の同朋会とはまた違って、新鮮でした。

今回の浄真寺さんの定例法話会のご聴衆の中に、普段から道誠寺でもお付き合いのある、法友といいますか、御同朋の方がいらしてくださって、その方の「存在」が、大変緊張していた私に、安心感と励ましをもたらしてくださいました。
不思議なことに、「頑張ってください」と声掛けをいただいて安心を得たのでなく、その方の「存在」がもたらしたのです。「存在が持つ力」というものを、本当に肌で実感しました。

ここでは書き表せないくらい、この濃いぃぃ1日を過ごして、本当に色々なことを教わりました。
「終わった~」と肩をなでおろして、「どっこいしょ」と座ろうとしている自分の中に、ここで終わらせて腰を下ろしてはいけないよという気持ちもあってか、まだ定例法話会の余韻が残っているのでしょうか、よくわかりませんが、こんな夜更けに何ともいえないテンションで、更新してみました。

by douzyouzi | 2015-01-25 02:55 | 日記 | Comments(2)

千葉組宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要

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千葉組宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要

5月17日土曜日に千葉市民会館にて「いのち 出遇う 連なる」のテーマのもと、千葉組宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要が厳修されました。



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住職のみならず、坊守、門徒会長も出仕しました。









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雅楽の演奏が入り、心に響く法要となりました。








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法話は、千葉組教化事業の「親鸞教室」の講師であり、馴染みの深い海法龍先生(長願寺住職)にお越しいただきました。

by douzyouzi | 2014-06-10 01:19 | 日記

2014年 東京教区 報恩講

2014年 東京教区 報恩講
1月26日(日)から1月28日(火)に、東本願寺真宗会館にて報恩講が厳修されました。

1月27日(月)と1月28日(火)に『ネットワーク9』の取材も兼ねて、お参りしてきました。
取材では、真城先生の法話を担当し、28日の日中法話を以下にダイジェストで紹介します。


日中法話
 真城義麿先生
 (四国教区善照寺住職)
 「明けない夜は、ないのだから。
  ~現代という闇を親鸞とともに歩む~」



○天人五衰

 どんなに便利で快適で衣食住に困らず、健康であっても、今与えられている環境条件を満足できず喜ぶことができず、そして失っていくことばかりを恐れていく煩悩まみれの世界を「天人五衰」といいます。

 お釈迦さまは、そのような天人の生活をどれだけ充足させても人間の生きるということの根本的問題は解決しないと気づき、天人の生活を捨てて出家されました。

 私たちが求めている天人の生活は、人間の根本的問題、つまり何を大事にすればいいのか、私の人生で最も尊いことは何なのか、人生全体をかけての用事ということがはっきりしないのです。はっきりしないから、とりあえず健康・家族・お金を求めてしまうのです。これが果たして、本当の大事なことなのでしょうか。逆に言えば、健康・家族・お金が損なわれたら、私の人生や存在の意義はなくなってしまうのでしょうか。「とりあえず」で生きている私の姿が問われてきます。

○地獄

 私たちは天国のような理想の国を一生懸命頑張ってつくろうとしてきたのですが、それは気がついたら地獄のようだったのです。源信僧都が仰るように「我今帰る所なし、孤独にして同伴なし」、これが地獄です。

 ありのままの私が生きていて安心できる、そういう帰る場所がないのです。そして「孤独にして同伴なし」ということは、「共に」ということが切られ、無視され、差別され、人間を奪われていく世界のことをいうのです。また全てにおいて比べられ、数値化され、評価され、競争を生み、成し遂げたら認められるという世界なのです。

○本願の世界

 親鸞聖人が出遇われた本願の世界は、「する・できる」を条件としない、成果を一切問わないのです。私という存在そのものが無条件にいのち丸ごと認められている世界に出遇われたのです。仏さまから「あなたはどんな時でも尊い」、「あなたの人生には意味がある」ということを呼びかけられていたことに頷いたのです。

○正月というのは「正す月」

 私たち真宗門徒の習慣は、朝夕定期的に、お内仏ご本尊の前で手を合わせ、念仏を称え、親鸞聖人のお言葉に触れ、「正信偈」を唱和します。そして、年に一度報恩講をお勤めします。真宗門徒の一年は報恩講から報恩講までが一年になります。ですから、報恩講は「お正月」、つまり身を正すという集いとして大事に勤まってきたのです。

 「正」という字は、私なりの勝手な解釈をしますと「一遍止まれ」ということです。「一遍止まって自分自身を振り返って正しませんか」というようにいただいています。

 本当に尊いことがわからないまま、目の前のことで自分の都合に合うものを選びながら「とりあえず」で生きている姿、そして人間の知恵と努力を絶対化し自他ともに傷つけ迷走していながら、そのことに気づかず生きている姿、そういう私という姿を振り返り、定期的に自覚していくことが私たち真宗門徒の伝統なのです。

 真宗門徒になったということは、わかってないということがはっきりしたということです。「わかってない私として生きる」ということです。誤魔化さず、わかったふりをしないということです。わかってないから、本願や親鸞聖人の教えのことをもっと聞き続けていくのです。わからないということが、真宗門徒のエネルギーなのです。

○聞法

 聞法というのは三段階あります。まず論評することなく今聞いたことをありのままに聞くのです。そして、今まで聞いたことと、今日聞いたことを重ね合わせて考えてみます。最後に生活の中で出遇う様々なもので確かめていくのです。

○念仏者は、無碍の一道なり

 浄土と真向かいになり、本願のいわれを聞いて、自分では見たくなかった私の心の中や生き方そのものが照らされて明らかになってくるのです。本当のことがわからないまま、煩悩に振り回されながら、いかに罪深い生活を生きているのか、あるいは自分の知恵や努力でどうにもならない私であるということをつくづく知らされるのです。そこに本願を信じ念仏しながら生きていく一道の世界が開かれてくるのです。そういう姿のことを「念仏者は無碍の一道なり」といわれるのです。

○ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし

 念仏とは生き方そのもの、南無阿弥陀仏という生き方です。念仏、つまり仏さまを念じながら、いつも仏さまと一緒に生きていくということです。私が今この目で見ていることを仏さまからはどう見えているのか、仏さまの智慧だったら、このことをどうお考えになられるのか、と想像してもわかりません。わからないからこそ聞いていかないといけないのです。

 「私にとって本尊とは何か」、「人生において本当に大事なことは何か」、「何の用事があってこの世に生まれてきたのだろうか」ということを私たちは仏さまから教えてもらい続けねばならないのです。

 私たちは信じてもいない念仏は呪文でしかないから何の意味もないと思ったり、念仏の意味そのものをわかって、それを信じてから、念仏を称えようと思ったりします。しかし親鸞聖人も法然上人も信じてから念仏しなさいとは仰らないのです。「ただ念仏して」と仰っています。念仏している間にたくさん気づくことがあります。仏さまが教えてくださるところに信が生まれるのです。

by douzyouzi | 2014-02-17 17:34 | 日記 | Comments(0)

言葉の響き

「人が死ねば、それで終わりか」というテーマの法話を聴聞して深く感動されたと、
ある方(Tさん)からお話を聞いた。


又聞きだから、私がその法話の内容を深く語ることはできないが、

Tさんは自らの経験を通して
「人は亡くなったとしても、亡くなった故人は残された周りの人たちの心の中で生きていく」
という言葉に深く頷かされたことを仰っていた。

故人が生前に、困り果てているTさんに言葉を投げかけ、その言葉に救われるような思いがあって、亡くなった後でも心に深く残っているそうだ。


私はそのお話を聞いて、とても共感した。


感動したり、揺るがされたり・・・自分の身に響いた、その人から出た言葉やその時の状況って、
忘れようとも忘れられない。

自分がその時と同じ状態に陥りそうな時や、ふとした何でもない時でも、
その言葉、その姿がよみがえる時がある。


響きがそなわった言葉の不思議さ・・・。

たとえ、その言葉を発した人が亡くなったとしても、
響いたならば、私の心奥深くに刻まれ、生き続ける。


お経の「如是我聞」や、『歎異抄』の「耳底に留まるところ」も、
聞いた(響いた)人がいて、その響きが心にずっと生きて、
それが言葉となって書きあらわされたものだ。

お経や『歎異抄』なんて、聞いた話だから嘘かもしれない(お釈迦様や親鸞聖人が書き残したものでないから、そんなこと事実と異なるかもしれない)なんて言う人もあるかもしれない。


でも、そうではなくて、
言葉に響かされて、私の今後の生き方に影響を与える言葉となるのか、否かの問題だと感じた。

by douzyouzi | 2013-12-03 00:49 | 日記 | Comments(0)

7月、8月の行事のお知らせ

7月と8月の行事のお知らせを致します。
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7月

●11日(木) 14時~
     二木会

     内容はおみがき会でした。


●25日(木)
   13時~ 書道教室・写経  講師:青山 美智子 師

   15時~ 同朋会  講師:小林 尚樹 師(東京教区駐在教導)      

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8月

●15日(木) 16時~
     盂蘭盆会(うらぼんえ)

※再度時間変更になりました。遅くなり申し訳ありません。
お時間のお間違えのないようよろしくお願い致します。

    盂蘭盆会の法要をお勤めします。

●22日(木) 16時~
     歎異抄の会


歎異抄にご興味をお持ちの方、一緒に読んでみませんか?

老若男女問わず、途中からのご参加もぜひ!!語らいましょう!!

現在、第2章を読み進めています。


---------------------------------
上記のとおり、様々な行事が開かれております。どうぞお気軽に御参詣下さい。

聞法は難しい、など一歩引いてしまっておられる方は、書道教室や二木会に顔を出してみてはいかがですか?
書道教室は、道具も揃っておりますので、手ぶらでOKです♪
上記の行事は会費はありません。平服で楽にお越しください。
道誠寺~市川大野駅の送迎もありますので、お電話ください。

by douzyouzi | 2013-07-25 17:00 | 日記

自分中心

「(略)・・・ 仏さまの事 一番 思ってやって下さい。 ・・・(略)」

これは、母が亡くなる前に、私に宛てた手紙の一文である。

癌との闘病の中で、苦痛に苦しんでいた母は、想像を絶する苦痛からか、「死にたい」という言葉でさえ、時折もらしていた。

そんな母が最期に私に投げかけた言葉が、「仏さまの事 一番 思ってやって下さい」だった。

(他にも、私は片づけ・掃除が苦手だから、気をつけてだとか、家族を助けてあげてだとか、そういう言葉もあったけれど、先の「仏さまの事 一番 思ってやって下さい」という言葉が、ふとした時に思いおこされる。)



私は、お寺に生まれ育った身、お坊さんの身でありながら、自身を振り返ると、仏さまのことが一番になっていない。

いつも、いつも自分が一番に、自分を中心に考えている。


では、仏さまのことを一番に思いやることとは、一体どういうことだろう。


お朝事、お夕事を毎日お勤めし、お給仕も毎朝お供えする、ということ?

お念仏をたくさんもうしていくこと?


いや、それもそうだろうけれど、それをすることが仏さまのことを一番に思いやることとは言い切れない感じがある。



先日の同朋会の座談でこんなやり取りがあった。

「お寺の聞法会やお内仏(お仏壇)の前に身を置けば、仏さまのことを思うけれど、自分の生活に戻ったら、仏さまのことは忘れて、自分中心の生活になっています」と。

そこで、小林先生が仰った。

「ひとたび教えに出遇えば、生死即涅槃。

たとえどんな生活であろうとも仏法の中に包まれているのです。

自分が仏さまを忘れていようが、間違った生活をしていようが、私たちは仏さまに願われた世界を生きているということを、こういったお寺の聞法会やお内仏の前で確かめる。

教えにひとたび出遇えば、仏法の世界を生きているのです。

みんな家へ帰って、家事をされたり、お仕事をされたり、テレビを観たり、

・・・何をされていようが仏法の世界を生きているんだ」



ああすれば、こうすれば・・・と、それをすることが仏さまのことを一番に思いやっていく生活だと思っていても、煩悩がある限り、生きている限り、自分中心というものをなくすことはできないのだろう。

むしろ、教えに出遇って、そういう自分中心の生活から逃れられないような自分自身の姿に気づかされ、仏さまから願われている私であったことを知らされてくるところに、仏さまを思うことが生まれるのだろう。

仏さまに対する私の思いより、先に仏さまから私自身が願われているということ。


by douzyouzi | 2013-07-19 23:17 | 日記 | Comments(0)
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イラスト:まるめな